多元宇宙化する『攻殻機動隊』世界。
衣谷遊による漫画版『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を読んでみる。
攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX (1) (KCデラックス)
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Amazonでは何やら散々な評価ですが、そこまで悪くないと思う。作者の衣谷遊はメジャーな作品こそないもののキャリア20年を超えるベテラン作家で、おもしろいところでは高畑京一郎のライトノベル『タイム・リープ』、『ダブルキャスト』の表紙及び挿絵を手がけていたりします。
この第1巻は原作の第1話をほぼ忠実に漫画化していて、第2巻は第2話をやはり忠実に追いかけているようなのですが、これ、まさか原作全26話を全26巻で描くつもりじゃないよな。そんなことしていたら本当に2030年になってしまうぞ……。
まあ、省けるエピソードは省くとしても、「笑い男事件」完結まで何年かかることやら。これも気が長い話だなあ。
さて、知らないひとのために説明しておくと、『攻殻機動隊』はそもそも士郎正宗によって91年に発表された作品です(連載は80年代から90年代にかけての模様)。
主人公は全身をサイボーグ化したなぞの女性、草薙素子。第三次世界大戦、第四次非核大戦を経たあとの混迷の日本で、彼女が率いる公安九課、「攻殻機動隊」の面々は様々な難事件に挑みます。
で、この漫画版『攻殻』を独自解釈で映像化したのが、押井守による映画『攻殻機動隊 GOHST IN THE SHELL』。
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この作品が世界的に高い評価を得、また様々な業界に膨大な影響を与えたことが現在の『攻殻』人気に繋がっているといえるでしょう。この押井版『攻殻』はさらに『イノセンス』へと続き、原作とはまたひと味異なる、いかにも押井らしい迷宮世界を形づくります。
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で、押井版『攻殻』の好評を受けて、『攻殻』テレビアニメシリーズが企画されます。しかし、当然、押井守本人が作るわけにはいかない。そうして監督として白羽の矢が立ったのが、「押井塾」出身の神山健治。
これはむずかしい仕事だったでしょう。既に押井版という完成したアニメーションが存在する以上、生半可な作品ではファンは納得しない。凡庸な監督なら、士郎正宗、押井守というふたりの天才的クリエイターの個性に比肩する新たな『攻殻』を創りだすことは不可能だったと思います。
ところが、じっさいには新たに生み出されたテレビアニメ版『攻殻機動隊』は圧倒的な傑作でした。その名も『STAND ALONE COMPLEX』と題されたこの26話のシリーズは、漫画版、映画版とはまた違う、よりエンターテインメント性が高い『攻殻』世界を生み出しています。
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原作、押井版のサイバーパンクな世界観をあえて踏襲せず、現代日本の延長線上の風景を活用したことが成功し、この作品は『攻殻』ファンの裾野を広げました。
サリンジャーの作品を引用しつつ、「笑い男」と呼ばれる超天才ハッカーをめぐる事件に素子と公安九課が立ち向かっていくスリリングな展開は、世界最高水準のエンターテインメントといって差し支えないとぼくは思います。
で、その『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を漫画化したのが上記の衣谷版『攻殻』であるわけです。
『攻殻』を楽しむとき注意するべきことは、原作版、映画版、テレビ版の『攻殻』は、すべて同じ草薙素子を主人公にしながらも、微妙に設定が異なるパラレルワールドの物語だということです。いわば、『攻殻』世界は多元宇宙(マルチユニバース)化したのです。
草薙素子の性格設定からして、それぞれの作品は相当に異なっています。原作の素子はわりにチャラいお姉さんなのですが、アニメではより超人的、天才的な女性に変わっている。
いまや日本の漫画、アニメ文化を代表するコンテンツにまで成長した『攻殻』。いまから入ることはむずかしいかもしれませんが、しかし、いちど入ってみればその深みに驚かされるはずです。『攻殻』世界はあなたを歓迎するでしょう。
多元宇宙へようこそ。